大阪 東心斎橋のビジネス&カプセルホテル。女性専用フロアのあるサンプレイン長堀へ。

鰻谷商店街・・・鰻谷の名前の由来は?(2)

こんにちは。

カプセルホテルの女将かなさんです!

 

さて、昨日は当ホテルの前の長堀通りが昔は長堀川が流れていたお話をしました。

こちら→ http://wp.me/p4l4xY-8d

今日は鰻谷の名前の由来についてです。

ここの地名に「鰻谷」という名前が付いたのには諸説あります。

そのどれもが長堀通りが昔は川だったという話がなければ語れません。

 

まずひとつ目はその昔、この辺り一帯は船場は繊維で栄えた町、そこには船着場がありました。

この船着場からは細く長い道がたくさんあり、これが鰻の寝床のようだということで「鰻谷」というようになった説。

 

そして二つ目は、この辺り一帯で鰻がたくさん取れたという説。

どちらかというとこの鰻がたくさん取れたのでは?という説が有力らしい。

でも、実は鰻谷には鰻屋さんが1件もないんですよね。

昔は1件くらいはあったらしいですが、特別に鰻屋さんが多いかというとそうでもない。

なのでこの説もどうなんでしょうね?

 

そして三つ目。

これは豊臣秀吉の時代に遡ります。

上町台地に建てられた大阪城、ここから鰻谷の地域を見下ろすと・・・

ここに流れている長堀川が鰻が泳いでいるように見えたのですね。

それからここの辺りが鰻谷と呼ばれたとか・・・

 

ちょっと昔の写真を見てみましょう。
img01
市川ビル前身の旅館風景
img04
昭和31年頃新橋より東方向

昔は本当に川だったんですね・・・

 

ところで、ちょっと長堀川のことを調べてみました。

Wikiからの情報ですが、

長堀川は1622年に開削して、1964年までの342年もの間流れていたんですね。

でもね、先ほどの鰻谷の名前の由来の説3・・・豊臣秀吉の時代・・・

豊臣秀吉は1537-1598年、なんですよね。

てっきり豊臣秀吉が「鰻谷」と命名したのかな~なんて思っていたので、豊臣秀吉が鰻谷と命名したのではないのは確実!!!

ということは説3もどうなんでしょうね???

やはり説2が一番の有力候補なんでしょうか?

 

しかし、1964年に埋め立てられたなんて、最近?のことですよね。

写真で見る限りでは結構大きな川ですよね。

これだけの川を埋め立てるなんて大掛かり!!!

今となっては無いのが当たり前になってしまいましたが、長堀川を埋め立てる必要ってあったんでしょうかね?

川がそのまま残っていたとしたら、どんな風景が続いていたのかな~なんて、ちょっと考えてしまいますね。

目を瞑ると当時の風景が・・・浮かんでは来ないですけどね(笑)たまには想像してみるのもいいかも(*^_^*)

 

大阪心斎橋のカプセルホテル B&Cホテル サンプレイン長堀

 

TEL:06-6243-0777

 

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女将かなさん

女将かなさん

大阪の心斎橋で日本で唯一のカプセルホテルの女将をしています。長く経理の仕事を経験したのち、2007年、畑違いのホテルで働くことになる。なれないサービス業ではあったものの、女性ならではの視点でホテルを改革し、2011年には女性専用のカプセルフロアーを開設しました。細やかな気配りで、女性にも利用しやすいカプセルホテルを運営しています。安くて安心して泊まれるカプセルホテルのことを広く知ってもらおうとブログで紹介しています。他にも趣味の着物やフラメンコのことも綴っています。

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